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読書記録:『カンディード』自分の足元をゆっくり見つめること。

いつも読書メーターに読んだ本の記録しているのだけど、せっかくまたブログを始めたのだから少しずつ こちらにも感想をあげていこうかなと思います。 読書メーター、長文の感想はコメント欄に連投しないと表示できないので少し不便でしたねえ......

「自分の庭を耕せ」で数々の哲学者に引用される『カンディード』。 ようやく読んだけど、あらすじを読むより本編を読んだ方が10倍面白い読書体験になった。なんてったってこの皮肉の連続よ!息継ぎする暇もないほどに皮肉が効いていて、落語を聞いているようだった。 訳者あとがきにて、「大思想家の代表作としてではなく、彼が余興として短期間で書き上げたコントとして読むのが良い」と書いてあったけどまさにその通り。くすくす笑いながら読んだ。

物語序盤では盲目的なまでに最善説を頑なに信じ続けるカンディードだったが、旅の途中に出会う数々の試練の中で疑念が生まれてくる。その過程もなかなかにドラマチックで感情移入して一気に読み進めてしまった。 わたし自身も病気でふせっていた経験から、それまで自分が信じていたもの/ことが一気に信じられなくなってしまったことがある。 カンディードの信念(あらゆるものは必然的に関係があり、全てが最善となるように整えられている)が揺らいでいく様を見るのは過去の自分自身を見ているようでつらくもあり、面白くもあった。ヴォルテールは、悲劇は喜劇、というのをわかっているな。

多くの悲劇に見舞われ、救いを見出せない旅のなかで、カンディードはついにこう結論づける。

「最善説ってなんですか」カカンボが尋ねた。「ああ、それはだねえ」カンディードは答えた。「全てが最悪の時にも、これが最善だと言い張る執念の事だ」(同書p.123)

自分の心の拠り所としていた最善説を信じられなくなったカンディードが、その後も意気消沈せずに図太く生き抜いているのに笑ってしまうけど勇気をもらえた。 好きだった彼女が不細工になってしまったから結婚したくない、ってどんだけ自分に率直なんだ。

この物語の終盤にカンディードとその仲間たちは小さな農地にたどり着き、「庭の教訓」と言われる気づきを得る。

「お話は結構ですが」カンディードは答えた。「とにかく、僕たち、自分の畑を耕さなきゃ」(同書p.229)

ちなみに庭の教訓に関しては、解釈がさまざまに分かれるらしい。 わたしは、答えのない議論を続けて机上の空論をこねくり回しているよりも、目の前の生活をひとつひとつ 丹念に育てていくことが大事だと解釈した。 それはつまり、現実的な行動を重視し、自分にできる範囲で社会に参加していくということ。

カンディードはしばしばパングロス先生(自分の師匠)と哲学的な議論を交わし、またパングロス先生がいなくなった後は、哲学者マルチンとともに、哲学的な問答を旅の道中くりかえしていた。 しかしその議論にはついぞ結論が出ず、また結論が出たとしても、それは旅の途中で幾度もひっくり返されてしまう。彼らは様々な苦難を乗り越えた後、たどり着いた地で出会った老人の話を聞き、目の前の畑を耕し、自分の生活を豊かにしていくことが人生の苦難から逃避するための唯一の方法なのだと知る。

わたし自身も、思弁的な生活を好み、読書や考え事にふけることが多い人間だったが、病をきっかけにして自分の価値観が180度変わってしまった。 例えば、病院に行けば適切な診断がされ身体の調子が治るということであったり、努力をし続けていれば望み通りの結果が出るということだったり。 (なかなか現実はうまくはいかないものだ)

自分が信じていたものが崩れてなくなったように感じて、わたしは前に進めなくなってしまった。

でも、そんなときに自分を支えてくれたのは、生活をていねいにいとなんでいくことだった。

朝、ゆっくりとお湯を沸かしてお茶を淹れる。 四季の彩りを感じながら家の周りを散歩する。 その日の体の調子をチェックしながら、ストレッチをしてケアをする。

悲劇の中にあったとしても、目の前のことと向き合っている時は安らいでいられる。

「自分の庭を耕さなきゃ。」

理想を掲げ冒険の旅に出たカンディードがたどり着いた結論は、卑近なものに感じるかもしれない。 しかし、それはついつい理想主義的な生き方に駆られて、現状の自分を否定してしまいがちなわたしにとって等身大の自分を見つめなおす機会をくれる物語だった。 ついつい大きな夢を描いてしまうけど、前に進めなくなってしまった時は自分の足元をしっかり見つめることも必要。 理想と現実の狭間で揺れ動いて、現状の自分を否定して動けないんじゃしょうがない。

側から見れば、人生がうまくいっているように見える友人でも「理想と現実の自分にギャップがありすぎてしんどい。」と言っていたことを 思い出す。 大きい理想のために自分に鞭打つのもほどほどに、疲れたら目の前の庭を耕そう。

本当に蛇足だけど、パリとフランス人に対する風刺が酷すぎて笑える。 ヴォルテール自身はフランス人なのに、自分の祖国に対して辛辣。落語家みたいですねえ。